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伝言ダイヤル

「NTT伝言ダイヤルサービスです。ご希望のサービス番号を押してください」、竹田津はすばやく電話のボタンを押す。今日はどんなメッセージが入っているのか、期待しながら。

 竹田津は23才になっていた。今はライター修行中の身。5年間勤めたプログラマーはやめた、というより、一時休業中。プログラマーとしての仕事のやり方は十分に分かったので、他の技能を身につけようと思ったのだ。竹田津が目をつけたのは文筆業。漫画家ほどではないが、作家っていうのも十分にドリームを狙える分野だ。しかし作家っていうのは競争率が極めて高い。漫画家だと「絵を描く」という特殊技能が加わるからハードルが高いが、字を書くのは誰だってできる。作家志望の文学青年なんてゴロゴロしてる。その中から抜け出すには、よほどの戦略が必要になる。
 そのため竹田津は師匠につくことにした。それも筋目のいい師匠に。竹田津が選んだのは漫画家のすがるみつや。「ゲームセンター山嵐」で一世を風靡した人気作家だ。すがるは絵で勝負するタイプの漫画家ではなく、どちらかというと企画力を重視した作家である。その証拠にアマチュア無線の入門書や株取引の指南をする週刊連載(実際銘柄を指定するもので、事実それで相場が動く)といった、ちょっと漫画家という枠におさまらない企画や作品を出していた。

 すがると出会ったのも、当時では珍しいことにパソコン通信だった。今でこそインターネットを使った就職活動なんて当たり前の話だが、当時はパソコン通信を縁に就職したり、結婚したりというのが非常に珍しい時代。竹田津はメールですがるに聞いてみた。「今度、プログラマーをやめようと思っているんですけど、これからどうするか決めてないんですよ」。すがるの返事はあっさりしたもので「そう?じゃあうちにきてライターでもやる?」。漫画家の弟子になるというプログラマーっていうのも珍しいが、プログラマーをライターとして雇う漫画家も珍しい。なにしろ絵がまったく描けないのに弟子にしようというのだ。これはもう、奇縁というしかない。

 すがるの弟子になった竹田津はいろいろ話をしていて、あまりに自分との共通点が多いことに驚いた。すがるも静岡一の公立進学高校出身だったが早々に就職希望。水泳部で身体を鍛える。そして世の中にでていく武器として竹田津も候補に考えていた「漫画家」を選んだ。高校卒業と同時に、人気漫画家である岩ノ森章太郎に弟子入り。「仮装ライダー」などのコミカライズを手がけ、「ゲームセンター山嵐」をヒットさせる。30才までに家を建てるという夢を現実のものにしていた。
 すがるの教えというのは単純なもので「絵でも文でも、うまくなりたかったら量を書け」というもの。これはすがるの師匠である岩ノ森章太郎の教えであるらしく、それ以外に上達法はないという。よく才能うんぬんが大事という人がいるが、最初のうちは才能なんて圧倒的な経験量の前には無に等しい。また企画の方法としては「常に呼吸をするようにネタ探しを行うこと」を教えてもらった。竹田津は新聞全紙を取り、目に付いた印刷物は婦人誌だろうがチラシだろうが目を通し、レンタルショップに通い詰めて古今東西の映画を観まくった。今の時代、完全なオリジナルというのはもう不可能であり、どんな作品でも必ず今まである作品の模倣であるらしい。であれば、知っている元ネタは多ければ多いほどいい。

 そんなライター修行生活をはじめて、竹田津は自分の得意分野は何かと考えた。これはいうまでもなくコンピュータ分野だ。であれば、まずはテクニカルライティングの分野に特化するのが望ましい。作家で自分の好きな文章を書いてそれだけで食っていく、なんてよほどの大家であって、駆け出しの頃はまず自分の文章を買ってくれる所を見つけるのが第一。ちょうど都合のいいことに、すがるはパソコン雑誌の大手出版社であるEBCDIC社と関係が深く、パソコン入門書を漫画で描くということをやっていた。竹田津はその伝手を辿ってEBCDICのパソコン通信雑誌の編集部に出入りするようになった。

 そんな中で竹田津は編集部に「伝言ダイヤル必勝術」という企画を出した。伝言ダイヤルというのはNTTが民営化に伴ってはじめたサービスで、もともとは限られたサークルとか仲間内で伝言のやりとりをするために提供されたモノ。しかし、その使い方はあっという間に変化して、不特定多数の出会いの場になっていた。まあ、今でいう出会い系サービスのハシリということだが、当時はそんなサービスが少なかったので、知っている人の間では爆発的に流行。またサービスの提供元がNTTということでサクラが一切いない。まさにガチンコの男女の出会いの場と化していた。
 編集部はこの企画を最初どう扱うか迷っていた。元々はコンピュータ関連、それもわりと技術指向の強い雑誌である。雑誌のカラーにちょっと合わない企画だったのだが、竹田津は強力にプッシュした。「ネットワークというのは人を繋げるためのもの。であれば電話ネットワークを使った出会いっていうのも、十分人を繋げるものじゃないですか」。編集部でもそれなら、ということで企画が通った。竹田津は女子高生、OL、主婦別攻略法とそれこそ風俗誌のノリを少し上品にした感じで原稿を書いた。読者にもなかなか反響があったみたいで、実際に自分で伝言ダイヤルを使ってみたり、成功した話、失敗した話が編集部に送られてきた。中には新聞に成功例を投書した猛者もいて、「うちの雑誌の名前が新聞の投書欄に載るなんてはじめてのことだぜ」と、なかば呆れ顔で編集者が笑っていた。

 もちろん竹田津自身も伝言ダイヤルを十分に活用していた。ヒマなときには雑談したり、時には女子高生とお茶したり。当時は「割り切りで」なんて明らかに売春を示唆することもない、大らかな時代。マジの出会いが溢れていた。

 そんなある日、竹田津は適当に入れたオープンダイヤルから聞こえてきたメッセージに興味をもった。
 
「うーん、ああああ.....」

 それは女の嬌声だった。

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作成:2009-8-27 19:28:05   更新:2009-9-11 14:36:41
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